ニューデリー(インド)

初めての海外一人旅。時間は夜の21:30。インドの首都、ニューデリーの駅前で私は途方に暮れていた。仮にも、ここは昨今成長著しいとされる大国、「IT大国」そして「12億人国家」インドの首都なのだ。

 

だが、来てみればどうだろう。 そこにあるのは浮浪者、四肢の無い物乞い、野良牛、狂った犬、ゴミの山、僅かな街灯、客引きの喧騒、そして漂う糞尿の臭い… 北斗の拳顔負け、世紀末さながらの風景。果たしてここは21世紀なのか…?そもそも、地球なのか…? こんなとんでもない土地にほぼ無計画で来てしまった自分の軽率さを深く後悔し、本気で旅程短縮を考えていた―――

 

 

「ニューデリー空港から市街地に向かうタクシーの中で、インドのトラブルは始まる」

 

これは、かの有名な、地球の歩き方インド(20052006)の一節である。私の父親がBOOKOFF100円コーナーで買ってきたものだ。非常に有り難い言葉である(因みにこの6年前の地球の歩き方の情報の5割は使えなかった。同じく父親が100円で買ってきたネパールの地球の歩き方2002年版はクソの役にも立たなかった。事実、ネパールの地球の歩き方はグラグラする机の足下に置いて安定させた時とオンボロバスの窓の隙間を埋めて風を防ぐくらいにしか役立ってない)。

私は出国前、タマまで震え上がっていた。果たして、東京のインドビザ申請センターでマトモにビザ申請すら出来なかった人間が、インドでトラブルに巻き込まれずに過ごせるだろうか…

まあ、数々のインド旅行記を読んだ限り、到底無理な話なのだろう。皆何らかのトラブルに巻き込まれ、怒り狂い、インド人を憎悪している。それも、例外なく。

しかし、予めリスクは最小限に抑えておきたい―――そう思った私は、日本からインターネットでニューデリー市街地に位置する中級ホテル、Raunak Internationalを予約し、流しのタクシーを利用せず、安心の空港送迎サービスを頼んだのだった。流石、私の頭の冴え方は尋常ではない。

 

ところがどうだろう、ニューデリー空港に来てみれば、そこには皆同じようにうさん臭い顔をしたインド人のタクシー運転手がうじゃうじゃいるばかり。 必死にアレンジされた車を探し回ったが、そもそも集合場所すら聞かされていない私が見つけられる訳が無かった。

私の便は20:40着、既に辺りは暗く、地球の歩き方インド2005年版には「夜ニューデリー空港に着いた場合、トラブル防止の為にも空港で一夜明かすが吉」と書いてある。 だが、わざわざ日本から金を払って予約したホテルの適当な対応に無性に腹が立った私は、ロビーに怒鳴り込んでやろうと思い、とりあえず市バスでニューデリー駅迄向かったのである。

 

まず、もうこの運転が凄い。インドには車線という概念が無いので、隣の車が3cmの間隔まで幅寄せしてくる。ウインカー無しにいきなり曲がる。クラクションは常時鳴らしっぱなし。信号は無い。そんなわけだから無論、無傷のボディの車などほとんど走っていない。

そしてニューデリー駅に着いてみれば冒頭のような様である。とりあえずニューデリー駅前にある安宿街に足を進めた私を待っていたのは、片言の日本語を話すインド人。

「オレノゲストハウス泊マレ!オレノゲストハウス泊マレ!タッタ1000円デホットシャワー!」 壊れかけのラジオのように同じ売り文句を叫ぶ。何度断ろうとも、後からついて来る。 その不屈の精神に辟易とした私は、仕方なしに、走るトラブルことリクシャー(オート三輪タクシーのこと)に乗ろうとした。

するとこのしつこいインド人、烈火の如く怒りだし、「アナタハアホ!アナタハアホ!チン〇ンvery little!」と、違うフレーズを吠え始めた。 こりゃヤバい、よくブリーチ知らないけどなんかこいつマジ卍解しそうだと思った私は、その手を振り切りなんとかリクシャーに乗り込んだ。

早速リクシャーの運転手に私の予約したホテル、Raunak Internationalのアドレスと地図を渡す。場所が分かるか尋ねると、運転手はさも自信ありげに「I Know」を繰り返す。その自信に逆に不安を覚えるが、交渉結果20ルピー(40円)で連れて行ってくれるらしいし、とりあえず任すことにする。

ニューデリー駅からホテルまでは、地図によると約1.5km。まあいくらトロいリクシャーでも5分あれば着くだろう。私はとりあえず一息つき、水のボトルを空け、一口飲んだ瞬間、運転手は「HERE!」と叫んだ。

 

その間僅か乗車から30秒。コンコルドかお前。

 

とりあえずホテルの名前を確認すると、そこは「Rauk International」という全く別の宿だった。 私が抗議すると、なんと運転手はそのホテルのロビーに私の地図を持って場所を聞きに行った。 その間、刺青を入れたイカつい子供達に「もう俺たちのホテル泊まればいいじゃん」と絡まれながら待つこと5分。ようやく戻ってきた運転手は、またもや自信ありげな顔。力強く「I know」を繰り返していた。

しかし、ここからそのホテルはかなり遠いから200ルピー出せと言う。 ボられてたまるかと逆に意気昂揚してきた私の粘り強い10分にも及ぶ交渉の結果、50ルピーになった。100ルピー 札しか持っていなかった私が、お釣りがあるかと聞くと、これまた「YES」と心強い返事が返ってきた。

 

これでやっとホテルに行ける…! なんて微塵も思って無かった私だったが、案の定一時間経っても一向に着く気配が無い。既に何度も同じ野良牛が寝ている交差点を通っている。 終いには、ホテルを私が探す羽目となった。ワンブロック進んでは左右のホテルの名前を私が確認する。「NO」って言うと、溜息を漏らす。こだまでしょうか。いいえ、インド人。

 

結局ホテルに着いた時、時刻は11:45を回っていた。リクシャーへの支払いで100ルピー渡すと、そのまま運転手はエンジンをかけた。おい、50ルピー返せよと声をかけるが、釣りを持ってないと突っぱねられた。最早まともに抗議する気力が残っていなかった私は、そのまま運転手を返し、フロントへの文句もそこそこに、部屋に着くやいなや屍のように眠りこけたのだった。

 

次の日、ざわざわとした喧騒で目が覚める。 何事かと思い、ホテルロビーに向かうと、そこにはインド人小学生がうじゃうじゃと群れていた。聞けば、このホテルが彼らのタクシーをアレンジしたのだという。なるほど、そういう訳だったのか。しかし、邪魔だ。


とりあえずホテルの5階でニューデリーの素晴らしい景色を眺めながら、優雅に窓辺で朝食を摂った。写真は、その時の窓からの風景である。


この日は、これからの移動手段となる鉄道のチケットをまとめて取る為に、地球の歩き方インド2005年版に載っている、ニューデリー駅二階にあるという外国人専用鉄道オフィスを目指すことにした。

 

ホテルから一歩出ると、生肉を見つけたハイエナの如く、リクシャーの運転手がわらわらと群がってくる。トラブルを避けようと地下鉄の駅へ向かっていたのに、鬱陶しいことこの上ない。

「リクシャー?」

「ハロー!」

「チーププライス!チーププライス!」

「ニホンジンデスカー?」

「ハッパハッパ!」

勝手に各々ワーワー言ってどんどん集ってくるものだから、これでは進めない。ポロッと「ニューデリー駅へ行きたい」と漏らすと、勝手にオークションまでやり始めた。

400ルピー!」

300ルピー!」

200ルピー!」

180ルピー!」

170ルピー!」

地下鉄を使えばたった12ルピーである。いずれにせよ、ぼったくり価格だ。さっさと抜けだしてしまおうと思ったその時、

10ルピー!」

の声が。10ルピーならもう乗らない手はない。そう思った私は、このリクシャーに迷わず乗り込んだ。

 

ところでこの運転手、もう真昼間からアダルトトーク炸裂。

「俺にはワイフが一人とガールフレンドが8人いるんだ」

「インド人のジギジギ(良い子の皆は意味をググッてみよう)は凄いんだぜ」

「お前はガールフレンドがいるのか?どうだ、ジギジギは?」

「(めっちゃいい笑顔で)ジギジギ!」

「俺は一晩7回なら余裕だぜ」

「(めっちゃ大きな声で)ジギジギ!」

目的地に着くまで終始こんな感じだった。

 

さてさて、着いた先は何やら怪しい旅行代理店。「Goverment Information Center」の文字が看板にはある。

「お前は鉄道のチケットが欲しいんだろ?ここで問題ないぜ。」

ここで私は少し感動すら覚えてしまった。なぜなら、デリーで偽の「政府公認」なる旅行代理店に連れていかれ、法外な料金を請求されるという手口はこれまで見たインド旅行記の著者がほぼ全員遭っていたものだったからだ。本当にこんな手口があったのだ。これは、大阪の道頓堀で「うわー!本当に食い倒れ人形があるー!」と東京人が感動する感覚に限りなく近い。

 

おいおい、ここじゃないだろと指摘すると、「あ、そっかイッケネ☆」というような軽いノリで謝る下ネタ好きな運転手のおっちゃん。結局この日、偽の旅行代理店に3回連れていかれたので、このリクシャーを降りた。

 

さて、なんとかチケットも取れ、この日に起きたその他数多のトラブルを乗り越えて疲れ果てた私を迎えるべき、静寂かつ母なるホテルのロビーは、子供達が喚き、走り、跳び回るアドベンチャーパークと化していた。 そう、このホテルは前述のインド人小学生のタクシーをアレンジしたのみならず、修学旅行の宿泊先にもなっていたのである。

部屋に戻っても、廊下からは元気が有り余る子供達が走る音が聞こえ、右隣の部屋からはスプリングベッドを飛び跳ねる音が聞こえ、左隣の部屋からは終始笑い声の絶えない子供達の話が聞こえた。 ガード下で寝るホームレス並に劣悪な就寝環境に置かれた私は、疲れた身体を癒す事すらままならなかった。だが、先生達もホテル従業員も一向に注意する気配がない。壁ドンして何度も注意を促したが、一向に効果は無かった。

結局子供達が疲れて寝静まった頃には日付が変わっていた。腹立たしさを感じながらも、自分が小学生の時もきっとこんな感じで、周りの人間に迷惑をかけてきたであろうことを思えば、仕方ないことだ…そう納得して、ガンジー並の寛大な心をもって子供達を赦す事とし、インド旅行の残日程を指折り数えて軽く鬱になりながら、私は眠りについた…

 

深夜一時過ぎ。 プルルルル…と一本の内線が私の部屋に届いた。 眠い目を擦りつつ私は受話器を取り上げる。

Hello?」

受話器越しに聞こえてきたのはインド人の餓鬼のけたたましい笑い声。ヒンドゥー語は分からないが

「おい、本当にこの電話通じたぜ!」

と餓鬼共が盛り上がってる事がニュアンスで伝わってきた。ガンジーが助走つけて殴るレベルとはまさにこの事である。

F**K OFF!」

私は心の底から受話器に向かってシャウトし、電話回線をぶち抜いた。

あの疲れであれば、昼過ぎまで寝る事すらそう難しいことではなかっただろう。だが、何時迄も平和は続かない。始まりがあれば、必ず終わりがある。

 

その静寂を打ち破ったのは、大きなドアノックの音だった。その音の大きさに、一瞬で目が覚めた私。ドアの向こうにいるであろう見知らぬインド人の影に怯んでいた。 何かを叫んでいるのだが、ドアノックが五月蠅過ぎてよく聞こえない。だが、耳をよく澄ませば、かすかに彼女の声が聞こえた…

「もう皆朝食の時間よ、起きなさい!」

そう、小学生を引率する先生が、私の部屋にも寝ぼすけ小学生が居ると勘違いして起こしに来たのだ。

I am Japanese tourist!」

私がありったけの声で叫ぶと、恐怖のドアノックは鳴りやんだ。

またもや腹立たしさが込み上げてきたが、両隣が小学生の部屋だっただけに、間違えるのも仕方ないだろう、そう納得して、仏陀並の寛大な心をもって先生を赦すことにし、私はまたもや深い眠りについた。

 

それから一時間後。けたたましいドアノックの音。先生は言っている。

「もう出発の時間よ、起きなさい!」

仏陀も暴飲暴食するレベルとはまさにこの事である。

F**K OFF!」

ドアを開けて唾飛ばしながら先生に向かってシャウトし、私はドアの鍵を閉め、インド旅行開始3日目にしてインド人が心底嫌いになった。(毛利)


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