中華人民共和国

私は今年の3月に約10日間訪中団として中国へ行ってきた。

これは私が大学で所属している部活の活動の一環であり、中国在住のOBの方が毎回テーマを設定し(今回は「交流」であった)、現地の日本語を学ぶ学生と交流したり、国内の名所を案内してくれるというプログラムである。ちなみにこの10日間で私たちは世界遺産を4つ回ることに成功した。

訪れた都市は、首都「北京」を始め、東周時代に戦乱により荒廃した鎬京より都が移された「洛陽」、三蔵法師で有名な「西安」の三都市である。

 

北京空港。丁重なお出迎え。いろんな言語で書かれている。現在の中国はビジネス、観光、旅行など様々な理由で世界各地から人々が訪れる為であろうか。着いたのが夜だったのでイメージしていた活気は見受けられなかった。空港内はとても広く、出口まで行くのに空港内を通る電車に乗った。

 

翌日、北京。秦の始皇帝が作ったとされる万里の長城へ向かう。ホテルから車を走らせることおよそ1時間弱。着いた瞬間高校の時の歴史の教科書に掲載されていたものとは違っていてとてもびっくりした。距離が尋常ではない。6,000キロ以上あるらしい。甘かった。そんなにはないと思っていた。とりあえず長城の頂上まで行ってみる。

休日は地元の市民はもちろん、観光客で道は溢れる。しかし見ての通り道の幅は意外と広いのでスイスイと登れる。が、写真ではわからないかもしれないが斜面の角度が急過ぎて、歩くのはとても疲れる。ペース配分には気をつけて。

一応Top of 長城である。ここで仲間と一年間学んできた中国語を試そうと「写真を撮ってくれませんか?」と中国人に中国語で必死に頼んでみた。通じた様だったがしきりにキレてるのが伺えた。あとで判明したことなのだが「奥の風景がお前らで隠れて見えないからもっとかがめ」と言っていたらしい。あとでカメラをみると確かに10枚くらい微妙な写真があった。言語が通じない状況でしきりに怒られるのはとても怖かった。とくに中国人の場合は。

 

昼食は本場の北京ダック。中国では脂肪を多く蓄えたアヒルに育てるために、ムギなどの高カロリーの餌を、口にくわえさせたパイプから胃に流し込んで、強制的に食べさせるらしい。ちなみに私はそのアヒルが中国人に包丁で切り刻まれるのを目の前で見せられた。そしてそれを数分後に食べる。が、とても美味しい。ちなみに中国の食事は夕飯はもちろん朝だろうと、昼だろうと基本的に油の量と料理の量がものすごく多いので、慣れるまでは多少の時間がかかる。

次に向かったのは天安門広場。かの有名な天安門事件が起きた場所である。とりあえず入口には「毛」の肖像画がばっちり。ちなみに天安門広場の入口付近には武装した厳重な警備が配置されていた。入るのに身分証明書の提示も求められた。テロとか、怪しい奴への対策だとか。また広場に行くまでには「毛」の記念館とか人民会堂とか国家博物館とかもあった。そして広場には中国の国旗がたくさん天に向かって掲げられており、愛国心の強さを強く感じた。

広場にはいたるところに銃弾の跡や、コンクリートが破壊されていたりと当時の生々しい光景が残っていた。そしてやはり人が多い。この中国の旅で訪れた場所で一番込み合っていたのがここ天安門広場だった気がする。

中国の吉野家である。牛・豚、そしてなぜか鶏という種類があったので海外補正という名のノリで、そのそれを頼んでしまい、案の定腹をくだし、その後に乗る北京→洛陽に向かう終始揺れる寝台列車で吐き続けていたのは言うまでもない。

ちなみにこれが東アジア最大と言われる駅、「北京西駅」。出稼ぎ労働難民が大量にいたのを覚えている。周りがみんな敵に見えた。怖かった。いざ河南省、洛陽へ。

 

 

およそ12時間。寝台列車には等級があって、確か真ん中のランクのやつに乗ったがとても心地よかった。付き添いの中国人に中国語を教わったり、日本と中国の文化について話し合ったりと、とても楽しかった。

 

 

中国最古と言われているお寺へ。中国ではひざまずいてお祈りをし、お賽銭ンはこのように水にお札を浮かべて願い事をする。文化の違いだ。

昼食。回転テーブルで自分が食べたいものをタイミングを見計らって取り合う。中国のラーメンはあまり美味しくなかった印象。そして彼らは相手のお茶が底を尽きそうになるとすぐさまお茶を入れてくる。飲み物がなくなっているという現状は中国では相手に失礼に値する行為らしい。これも文化だ。

 

これは龍門石窟寺院に向かうまでに乗った乗り物。まだしっかりと乗っていないのに運転を始めてくる。早く客を乗せて、早くあっちまで届けて、早く次の客を乗せてってどんだけセッカチやねん!って突っ込みたくなるほど回転が早い。日本人も僕ですらそう感じてしまった。

とうとう龍門石窟寺院。壮大さにとても感動したのを覚えている。世界の大きさを感じた。ところどころ削れている部分があって風化によるものだと思っていたが、聞くところによると一部を削って持ち去ってそれを売って金にする輩がいるらしい。

仏様はとても大きい、そしてなんと端正、引き締まった唇、穏やかな眉目秀麗の仏像である。どの角度で拝顔しても精密、丸みのあるふくよかな顔立ち、清楚にして仏様にしては艶やかな姿も見せる。陽の光の変化でその時の表情がそれぞれに耀く姿は仏教石像の至宝だろう。とパンフレットには記載。まさにその通りである。

計算機もトラックもない時代になぜこんなにも緻密に、正確に、これほど大きなものが作れるのか不思議でならなかった。昔の人は頭が良かったんだなー、それとも人間の脳みそっていくら時が経ってもあまり成長しないのかなー

なんていろんなことを考えながら眺めていた。

とても緻密な作り。細かい。これがいまでも残っているのがすごい。

そして龍門の近くの商店街。あまり賑わってはいなかった。適当に屋台で売ってる良く分からないお菓子を恐る恐る口にする。

次は洛陽の日本語学校の生徒と交流。日本のことについてかなり質問責めされ、答えることができなかった時が何度かあった。むしろ彼らのほうが日本について知っている、関心があるんじゃないかと感じるくらい日本を好きでいてくれていた。とても嬉しかったが反面、私はこれを機に自国の文化をもっと知ることの重要さを痛感した。そして校庭には孔子の銅像があった。

 

 

生徒たち。学校の中庭はとても広い。

洛陽→西安へ。最速と言われている新幹線に乗る。とても速かったのと中国のおばちゃん達がトランプをしながら馬鹿騒ぎをしていた印象しかない。

昼食。もちろん回転テーブル。

 

兵馬俑へ。この写真はまだ一部でたくさんの兵士が他のフロアにいる。これらすべてはある農民によりたまたま発見されたという。しかも驚いたのはこれらが発掘されたのは1974年でつい最近ということ。館内にはそれぞれ顔が違う兵士が約8000体いて、当時の秦の敵国がいる方角である東の方向を全員が向いている。ただここ西安は中国の中でも田舎の方らしく、保存技術がまだまだ発展していないらしい。そのため酸化してぼろぼろになっている銅像が何体もあった。ここは世界各地から観光客が訪れるのでそれぞれの国の言葉で話してくれるガイドがいるので歴史的背景もある程度は把握できる。ただガイドの胡散臭さと言ったらさすが中国といった感じであった。

 

兵馬俑を出て、周辺のお寺や寺院を回るためになぜかチャリに乗らされた。しかも二人乗り。ちなみにハンドルは曲がっていてタイヤもガッタガタ。

次に大雁塔。最上階に行けば西安の街を見渡すことができる。西安は日本の京都と似ている点があって、上の写真を見てもらえば分かるが、街全体の景観を損なわないためにある一定の高さ以上の建物は造ってはいけないという決まりがある。西安に着いたとき、一緒にいた京都出身の友達がどこか地元に雰囲気が似ていると言っていたが分かる気がした。

 

 

天壇公園。天に対して祭祀を行った宗教的な場所らしい。思い返せばたしかに外装も青い塗装が施されていたり、全体的に高い場所に位置しているなどと今までの寺院とは違う印象だった。最後に中国のお寺を拝観するうえで着目する点として、屋根下の動物や花の飾り物などのオブジェクトの数を注意深く観察すると面白い。その数が多ければ多いほどそこに祭られている人物の権威が強かったということを表している。いろんな観点で見てみるのも面白いですね。

 

 

最古の文明をもつ中国。世界の広さを五感で感じ取れる場所だと思う。また歴史好きな人にはとてもお勧めの場所だ。自分はあまり歴史にも詳しくなく、知識をつけることなく行ったが、それはそれで感じることがたくさんあって逆に良いのかもしれない。日本からもとても近いので是非行ってみてください。

(西塚)


PAGE TOP