Tag Archives: ポーランド

【世界の街並み紀行】アウシュビッツ

こんにちは!

今回の街並み紀行はポーランドのアウシュビッツについて紹介します!

 

 

 

*********************************

私は2016年3月、ポーランドのアウシュビッツ強制収容所のツアーに参加しました!

元々イギリスに旅行する予定で、その際イギリスに住んでいた友人に、日本人のアウシュビッツ強制収容所のガイドさんがいらっしゃる、と聞き折角だから、という事で参加する事に決めました。

まず日本からイギリスに行きそのままポーランドへ、そこで1泊してツアーに参加するというスケジュールです。

(中々ハードでした(..)苦笑)

 

イギリスからポーランドへは小さな飛行機に乗って大体3時間程で到着しました!

~~見学当日~~

クラフク中央駅という駅から出ている大型バスに乗って収容所へ向かいます。駅から1.2時間はかかりました。

 

到着後収容所の記念館の前でガイドさんと待ち合わせです。

私の時は15名程の日本人がいました!

まず第一強制収容所を周ります。

そこでは実際に収容されていた部屋や、資料、地図、遺物等を見ながらガイドさんの話を聞いていく形です。

英語ができない私でも日本人のガイドさんのお陰でしっかりと理解しながら周る事ができました。

 

そして次にバスで第二強制収容所へと移動しました。(10分程で着きます!)

第二強制収容所には、きっと皆さんも一度は見たことがあるであろう鉄道引込線がありました。

この線路の周りには多くの収容施設と草原が広がっており、圧倒されました。

アンネの日記で有名なアンネ・フランクもこの第二強制収容所に収容されていたそうです。

こんな広い場所に自分の想像している以上の人が収容されていたと思うと、とっても心が痛みました・・・

 

 

この第二強制収容所を周ってツアーは終了となります。

 

 

見学している最中、たくさんの国の人とすれ違い互いに挨拶の言葉を交わしながら周りました。

世界中の人々とこういった場で繋がる事も大切なんじゃないかな、と思い、ハードなスケジュールでしたが行って大正解でした(^^)!

 

日本の学生として修学旅行等で沖縄の姫ゆりの塔や広島の原爆ドーム等に行く事はあっても海外の戦争跡地に足を運ぶことって中々ないと思います。

皆さんも海外旅行に行く際、

楽しむ観光にプラス、社会勉強ができるような場に足を運んでみてはどうでしょうか??

 

 

(アウシュビッツ収容所内の写真撮影は不可の場所もあれば可の場所もあります。)

【世界の衣食住】ポーランド

今回の世界の衣食住は、東欧の国、ポーランドについてご紹介します!!

 

 

 

 

********************************************

~衣服~

ポーランドは元々他民族国家として発展してきたこともあり、地域によって衣装の色使いや刺繍の柄などが異なっています。

その中でも最も有名な、ポーランドの首都ワルシャワがあるマゾシェフ地方の

ウォヴィッチの民族衣装を紹介します。

ウォヴィッチの民族衣装

女性は、ブラウスは袖が絞ってある場合とないのがあり、伝統的な赤い薔薇の刺繍が施されています。分厚いウール素材で緑をベースに様々ないろが使われている縞織のスカートには特徴的な花の刺繍があります。

これらの刺繍は一つ一つ手作りで作られているため、繊細でとても美しいです。

ウォヴィッチでは毎年西方カトリックの祝日である聖体の祝日に聖体祭が行われ、大人から子供まで町中の人々が民族衣装を身にまといます。

~食~

ポーランドの主食はパン。

スライスしたパンにバターやシュメタナ(サワークリーム)やマヨネーズなどを塗り、

トマトやキュウリなどの野菜とハムやチーズを乗せるのが主流だそう。

ポーランド語ではカナペツキビオセンナ、英語でSpring sandwich、日本の言葉を使えば

オープンサンドイッチ。

そんなパンに欠かせないのがスープ!中でも代表格なのが「ビゴス」

ビゴス

ビゴスはカプスタキショナ(発酵キャベツ)と肉類を数日かけて煮込んだ「狩猟のスープ」

とも呼ばれています。昔は各家庭でひと樽ほど煮込み、雪の中で保存し、冬の保存食にしていたそうです。

~住~

ポーランド市内

ヨーロッパの暖房方式はお湯の循環による全館全室の暖房です。

各室の壁際に備え付けられた暖房器具(カロリーフェル)の中をお湯が循環し、徐々に部屋が暖められという仕組みです。ストーブやエアコンとは違い、静かで自然で、火災の心配もないですが、つけ始めてから部屋全体が完全に暖まるまでに時間がかかるという難点があります。

一度消してしまうと、再度暖まるまでにおよそ2日かかるため、ポーランドでは10月半ばから翌年3月末頃まで暖房システムをつけっぱなしにしているそうです。

 

 

ポーランドは激動の時代を駆け抜けてきた国です。

第2次世界大戦では、ドイツ・ナチスに全土を徹底的に破壊され、アウシュビッツ強制収容所では

大勢の罪なき人々が虐殺され、戦後も社会主義政権下に置かれていました。

領土を移動させられることにより、たくさんの民族や文化を受け入れてきたために地域ごとに

衣装や料理なども様々です。

華やかな文化の裏にはこうした歴史があるのですね。

 

 

 

 

 

 

【世界文化比較】学校

今回の世界文化比較では、教育の現場である、「学校」をご紹介します!
 
 
 
**********************************

こんにちは!

もうそろそろ夏も終わり、秋の季節がやってきますね!

 

学生の皆様は学校が始まる時期だと思います。

もう少し夏休みを満喫したい方も多いと思いますが、宿題は忘れず、しっかりやっておきましょう!

 

今回のテーマは学校です!

①学校の教育制度 ②学校の授業内容 ③放課後 の順で比較をしていきます!

最初の国はバルト海に面する国、中央ヨーロッパから、ポーランドを紹介します。

 

①ポーランドの教育制度は2000年から新教育制度が導入され、以前までは小、中、高が8・4・5年制となっていた所、6・3・3年制となりました。そのうち小学校が6年間、中学校が3年間の義務教育となりました。日本の制度と同様で、高校からは任意となり、3年間の普通高校、もしくは専門高校への進学となります。中学校を卒業するときにマトゥーラといわれる卒業試験があり、この試験と共に大学入学資格も兼ねています。中学卒業の卒業と大学の進学にかかわる試験のため、必死に頑張ります。

 

②ポーランドの授業内容はポーランド語、算数、科学、地理、歴史、体育などと日本とあまり変わりはないです。しかし、先生は黒板の前に立って指導するだけではなく、生徒たちに勉強の意欲を沸かせるために一人ひとり指導を見ることや、口頭質問が多いのが特徴的です。教育の質を向上させ、また、学校の自立性を強化しています。

 

③両親の共働きが多いポーランドは学校に併設する児童クラブに残る生徒がほとんどを占めています。多数の生徒がクラブに所属しており、ホッケーや武道、ボーイスカウトなどのクラブ活動が盛んです。低学年は保護者の送り迎えが原則です。

次は東南アジアから、ベトナムを紹介します。

 

①ベトナムの教育制度は、初等・中等教育が6歳から始まり、小・中・高が5・4・3年制の12年制です。小学校、中学校の9年間は義務教育となっています。また、2学期制で、1学期が9月の第1週から1月の中旬で、2学期が1月中旬から5月下旬までとなっています。

 

②授業内容はベトナム語、算数、科学、地理などと理数系の授業が多いのが特徴です。開発途上国の中では非常に高い識字率をもっています。また高校では数学や理科で優秀な成績を収めた生徒は中央政府や各省から表彰されるといった制度を持っています。日本に対する関心を持つ生徒が多数を占め、日本語を学ぶベトナム人は4万人以上います。

 

③放課後は家庭の掃除や食事の準備、後片付けなど手伝いを行っています。また塾に通っている生徒が多く、中でも塾で日本語を学ぶ生徒の割合がとても多くなっています。日本からの国際交流基金などの募金や支援などで親日国となっています。大学では日本語科が開設されているなど、日本語に力を入れている学校が多いようです。私たち日本人にとってとても喜ばしいことですね!

3ヶ国目はヨーロッパからイタリアを紹介します。

 

①イタリアの学校制度は小・中・高が5・3・5年制となっています。中学校が3年間、高校が5年間となります。義務教育は高校3年生の16歳までとなっています。イタリアの学校は校則があまりなく、生徒の自主性が尊重されるのが一般的となっています。中等学校は前期・後期と分かれており、前期卒業の国家試験に合格しなければ後期中等教育には進めないため、落第する生徒も少なくないようです。

 

②授業内容は母国語であるイタリア語に加え、歴史や文学、算数など基礎科目を取り入れています。また、英語やスペイン語などの第二外国語も小学校から取り入れています。特徴的なのは、入学手続き時に授業時間数を選ぶことができ、申請します。生徒一人一人のカリキュラムが違い、定まったクラスもないようです。

 

③イタリアでは習い事や塾などに通わせることは少ないようです。大多数の子供たちは日が暮れるまで友達と一緒に大人数で近くの公園に行って遊具やサッカーなどで遊んでいるようです。また、図書館なども数多くあり、図書館でビデオを見ること、また、児童館でボールプールや滑り台などで遊んでいるようです。学校でしっかり勉強をし、終わった放課後は遊ぶことが多いようです。

 

 

学校制度や教育内容も世界各国で違うことが見て取れます。なかには面白い校則などもあり、オーストラリアではむやみにカンガルーを見つめてはならない、アメリカでは左右で異なる靴下禁止などさまざまあるようです。

気になった方はいろいろ検索してみてはいかがでしょうか?

 

ポーランド

ポーランド
2012年9月に私は13日間でバルト海の周りの国を回るツアーを行いました!
その中でポーランドについてお話します!
ポーランドへはドイツから寝台列車で移動しました!

早朝、クラコフへ到着後、バスでアウシュビッツ強制収容所へ行ってきました。

有名だとは思いますが収容所入口。
この入口のArbeit macht freiというのはドイツ語で“働けば自由になる”という意味。写真を見ればわかりますがその中の“B”の文字が逆を向いています。
これは当時ここに収容されていた人たちの小さな小さな反抗の意思なのだそうです。
アウシュビッツ強制収容所ではほかにもガス室、や収容所に連れてくるために使われていた列車の線路など、ほかにも実際のものを見学しました。
今まで授業などで勉強してきたものを生で見ることは本当に違います。学生なども見学に来ていました。世界を知り、歴史を考えるためにも行かなければならない場所だと思いました。
事前にお願いしておけば日本人ガイドさんもいるのでポーランドに行くのなら絶対に行ってほしい場所です。

その後、再びクラクフへ戻りました
クラクフ旧市街をお散歩しました!
クラクフはポーランドで最初に世界遺産に登録された都市です。

町の中心には、ヨーロッパ最大の広場リネク・グウヴヌィRynek Główny(中央広場)があります。1辺200メートルの巨大な広場は人々が行き交う場所であり、出会いの場、そして待ち合わせの場となっています。カフェ、土産物屋などがたくさん並んでいます。

この日は休日だったため広場ではフリーマーケットが行われていたり、馬車が走っていたりとても賑わっていました!!広場に馬車だなんてなんて素敵!

ヴァヴェル城というお城です。この城は歴代ポーランド国王の居城であり、また戴冠式がとりおこなわれた場所。この王宮は、16世紀初めにルネサンス様式で建てられ、ここには数多くのコレクションが収められていました。

翌日は朝からバスに乗りワルシャワへ移動です。
ワルシャワ歴史地区もクラクフ同様世界遺産に登録されています!
ワルシャワの旧市街は、街自体が持つ歴史的価値ではなく、第二次世界大戦中灰燼に帰した街並を「レンガのひび割れ一つに至るまで」忠実に蘇らせたワルシャワ市民の「不屈の熱意」が評価されて登録が決まったという唯一の史跡群です!なので、世界中に数多ある世界遺産の中でも極めて例外的な存在です。

こちらはワルシャワ歴史地区の入り口。真ん中の丸い建物はバルバカンと呼ばれるものです。15世紀から16世紀にかけて造られた砦で、火薬庫や牢獄として使われたことがあるそうです。

旧市街の中の広場です。
戦後の更地から、この街並みを蘇らせるのは相当な努力があったんだなあ、と感じます。
建物が隙間なくびっしりと建てられていてびっくりしました!
どうやって建てたのでしょうか・・・。

こちらも建物がぎっしりの写真!
ぎっしり詰まっているけれどひとつひとつ個性があって歩いているだけで楽しい街並みです。

こちらは聖十字教会。
ポーランドで有名な作曲家、ピアニストご存知でしょうか?

ピアノをやっていた人もちろん、そうでない人もご存知だと思います、ポーランドの作曲家、ピアニストといえばフレデリック・ショパンです。
ショパンは生涯様々な土地で過ごしてきたのでポーランドといえば、と言ってしまっていいのかはわかりませんが、ここはショパンの心臓が埋められていることで有名なのだそうです。

教会の中はこんな感じ。寒かったので暖かかったです。
白と金がとっても綺麗です。

この柱の下にショパンの心臓が埋まっているそうです。
たくさんの人がショパンの心臓の埋まっている柱を見に来ていました。

歴史的な場所をたくさん巡れてとても貴重な体験ができました!おわり!

PAGE TOP